古今和歌集 春歌の3割を占める桜の歌
今も昔も、日本人を魅了する儚くも美しい花「桜」は、日本最古の勅撰和歌集である古今和歌集においても特別な位置を占めています。古今和歌集には、春の訪れを告げ、人々の心に深い感動を与える桜に関する和歌が数多く収められています。これらの歌は、桜の美しさだけでなく、それがもたらす感情や季節の移り変わりを繊細に詠んでおり、平安時代の人々の心の内を今に伝えています。この記事では、古今和歌集より桜の和歌を様々な視点から10首紹介します。
桜を詠んだ和歌8選
1. 人にも見せたい桜の花
題しらず 【よみ人しらず】
石走る滝なくもがな桜花手折りても来む見ぬ人のため
古今和歌集 春上より
訳:石の上を走っているこの滝がなくてほしい。それだとあの桜花を手折って来よう、見ずにいる人のために。
2. 柳と桜を絹に見立てた歌
花ざかりに、京を見やりてよめる 【そせい法師】
見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける
古今和歌集 春上より
訳:遠く広く見やると、柳の青さと桜の白さとがまぜこぜになって、都が山辺よりも春の錦となっていることではあるよ。
3. 春に立ち込める霞に隠される桜
折れる桜をよめる 【紀貫之】
誰しかもとめて折りつる春霞立ち隠すらむ山の桜を
古今和歌集 春上より
訳:だれがまあ、尋ねて折ったことであるぞ。春霞が、その美しさを惜しんで、立ち隠しているであろうところの山の桜であるものを。
4. 雪に見間違うほどの桜
寛平の御時、后の宮の歌合の歌 【紀友則】
み吉野の山べに咲ける桜花雪かとのみぞあやまたれける
古今和歌集 春上より
訳:吉野の、山のほとりに咲いている桜花は、雪であるかとばかり見誤られた事であるよ。
5. 桜を人に見立てて二重の意味を持つ歌
桜の花の盛りに、久しく訪はざりける人の来りける時によみける 【よみ人しらず】
あだなりと名にこそ立てれ桜花年に稀なる人も待ちけり
古今和歌集 春上より
訳:散りやすいものだという評判は立っておれ、桜花は、実際はその反対で、一年の久しい間にも稀にしか来ない人をも、このように待っていた事であるよ。〈といって、裏に、〉浮気な女だという評判こそ立っておれ、私は実際は真実な女で、一年の久しい間にも稀にしか来ないあなたを、このように待っていた事であるよ。
6. 旅路の途中で見つけられた桜
題しらず 【よみ人しらず】
この里に旅寝しぬべし桜花散りのまがひに家路忘れて
古今和歌集 春下より
訳:この里に今日は泊る事にしよう。桜花の散り乱れて、何も見えないままに家路を忘れて。
7. 桜の儚さを詠んだ歌
題しらず 【よみ人しらず】
空蟬の世にも似たるか花ざくら咲くと見し間にかつ散りにけり
古今和歌集 春下より
訳:うつせみの世のはかなさにも似ていることかな。花ざくらは、咲いたと見ると同時に、一方では散ったことであるよ。
8. あの人の上で散ってほしい桜
あひ知れりける人のまうで来て帰りにける後に、よみて花にさして遣しける 【紀貫之】
ひとめ見し君もや来ると桜花今日は待ち見て散らば散らなむ
古今和歌集 春下より
訳:お前をちょっと見たあの方が、また来はしないかと思って、桜花よ、お前は散りそうになっているが、今日一日だけは待ち試みて、散るならばその上で散ってほしい。
9. すぐに散ってしまう桜と変わりゆく人の心
桜のごと、とく散るものはなしと人のいひければよめる 【紀貫之】
桜花とく散りぬとも思ほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ
古今和歌集 春下より
訳:桜花が疾く、すなわち脆くも散ったとは思われない。人の心の方が花にもまさって、花は風で散るが、風も吹き切らない中に移ろって、すなわち変ってしまう事であるよ。
10. 声に出して読みたい、のどかな春の日が思い浮かぶ歌
桜の花の散るをよめる 【紀友則】
ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ
古今和歌集 春下より
訳:日の光ののどかな春の時節に、落ちついた心がなく、桜の花は散ることであるよ。
11. 空を水面に例えた表現の素敵な歌
亭子院の歌合の歌 【紀貫之】
桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける
古今和歌集 春下より
訳:桜花の散ってしまった後の風の、そのなごりとしては、水のない空に、風に吹き運ばれた桜花が白く、余波さながらであることよ。
12. 変わってしまった景色と変わらない桜
ならのみかどの御歌
故里となりにし奈良の都にも色は変らず花は咲きけり
古今和歌集 春下より
訳:故里と変ってしまった奈良の都にも、その色は変らずに、桜は咲いた事であったよ。
まとめ
桜の花は千年の時を超えて、今もなお私たちの心を捉える美しさを持っています。古今和歌集に詠まれた桜の和歌は、それぞれが多角的な視点から桜を愛で、散り際にはそれを惜しんでおり、当時の人々の桜に対する深い愛情を感じることができます。これらの歌を通じて、私たちは過去の人々と同じように桜の美しさに心を寄せ、季節の移ろいの中での一瞬の美を噛みしめることができます。古今和歌集からのこれらの桜の和歌は、ただの古典的な詩としてだけではなく、自然への敬愛と人生の儚さを象徴する永遠の美として、今も私たちの心に響き続けています。