春に立ち込める霞
春の訪れとともに、空気中にたなびく霞。その優美で幻想的な姿は、古今和歌集において春の象徴として位置付けられています。また、しばしば春の花々を隠してしまう存在としても歌われてきました。この記事では、春に立ち込める霞と花や鳥との共存を描いた古今和歌集の中の和歌を取り上げ、様々な視点から描かれる霞の和歌を6つ紹介していきます。
「霞」を詠んだ和歌6選
1. 春の訪れを表す霞
雪の降りけるを詠める【紀貫之】
霞立ち木の芽もはるの雪降れば花なき里も花ぞ散りける
古今和歌集 春上より
訳:霞が立ち、木の芽までも張る、それにちなみある春の雪が降ると、花の咲いていない里でさえ、花が散ることではある。
2. 春の始まりに立ち込め始める霞と雁の歌
帰る雁をよめる【伊勢】
春霞立つを見すてて行く雁は花なき里に住みやならへる
古今和歌集 春上より
訳:春霞の立つのを見すてて、ここを去って行くところの雁は、花のない里に住みなれて、他の者のように、花のめでたさを知らないからであろうか。
3. 桜を隠しているとされる霞
折れる桜をよめる【紀貫之】
誰しかもとめて折りつる春霞立ち隠すらむ山の桜を
古今和歌集 春上より
訳:だれがまあ、尋ねて折ったことであるぞ。春霞が、その美しさを惜しんで、立ち隠しているであろうところの山の桜であるものを。
4. 花の美しさを惜しんで隠す霞
春の歌とてよめる【よしみねのむねさだ】
花の色は霞にこめて見せずとも香をだに盗め春の山風
古今和歌集 春下より
訳:花の第一のものである色の方は、美しさを惜しんで、霞でこめて、人には見せずにいようとも、せめては香だけでも盗んで持って来よ、春の山風よ。
5. 霞に隠された花を想像する一首
春の歌とてよめる【紀貫之】
三輪山をしかも隠すか春霞人に知られぬ花や咲くらむ
古今和歌集 春下より
訳:三輪山をこのようにも隠すのか、春霞よ。世の人の知らない桜が咲いているのであろうか。
6. 春の終わりを惜しむ
春を惜しみてよめる【もとかた】
惜しめどもとどまらなくに春霞帰る道にも立ちぬと思へば
古今和歌集 春下より
訳:春との別れを惜しむけれども、春は留まらない事であるよ。春とともに来、またともに去るところの春霞は、今は帰り道に発足したので。
まとめ
古今和歌集に収められた霞の和歌は、春の柔らかな情景を見事に捉えています。霞に隠された花々の姿は、見る者に春の儚い美しさを感じさせ、一瞬の美を捉えようとする歌人の詩心を映し出しています。これらの和歌は、ただ季節の変わり目を記すだけでなく、自然の繊細な美に対する深い敬愛と日本古来の美意識を伝えています。霞と花々が織りなす春の幻想的な景色を詠んだこれらの歌は、古今和歌集を通じて、私たちに時間を超えた美の感覚をもたらしてくれるのだと思います。