秋の代表的な景物「もみじ」
色鮮やかな緑から美しい赤や黄色へと移り変わっていくもみじ。この秋の代表的な景物は、古来より日本人の詩心を掻き立ててきました。古今和歌集にも、もみじを詠んだ数多くの名歌が収められています。
歌人たちの中ではもみじの紅葉は白露によって染められたものである、という共通考えがあり、またその美しさや散っていく様子から錦や幣など様々なものに喩えられ多様な歌が生まれました。
秋の終わりにはもみじの紅く散る様から秋の終りを切なく感じ取っています。
さて、この古今集の名歌に詰まった、もみじへの思いとは何だったのでしょうか。秋から冬へと季節が移る中で、歌人たちがもみじにどのように心を寄せていったのかをご覧ください。
「もみじ」のおすすめ和歌10選
1. 神なびの美しい紅葉を見ての歌
題しらず【よみ人しらず】
ちはやぶる神なび山のもみぢ葉に思ひはかけじ移ろふものを
古今和歌集 秋下より
訳:ちはやぶる神なび山の、貴い所の美しいもみじ葉に、わが思いはかけまい、散って行くものであるのに。
※ 「神なび」は神の神霊が天上より降られる所のことで、高い山の上や木の上などを指す。「ちはやぶる」は神やそれを含む言葉に対する枕詞
2. 秋の露が木の葉を染めていくという当時の考えのもとの歌
是貞のみこの家の歌合によめる【としゆきの朝臣】
白露の色は一つをいかにして秋の木の葉を千ぢに染むらむ
古今和歌集 秋下より
訳:白露の色は同じであるものを、いかなる方法によって、秋の木の葉をさまざまに染めるのであろう。
3. 紅葉の儚さを惜しむ歌
寛平の御時、きさいの宮の歌合の歌【よみ人しらず】
散らねどもかねてぞ惜しきもみぢ葉は今は限りの色と見つれば
古今和歌集 秋下より
訳:散らないけれども、前もってその事が思われて、惜しい事であるよ。もみじ葉は、今は極点の色だと思って見たので。
4. 紅葉を眺めたい気持ちを詠んだ歌
是貞のみこの家の歌合の歌【よみ人しらず】
秋霧は今朝はな立ちそ佐保山の柞のもみぢよそにても見む
古今和歌集 秋下より
訳:秋霧は、今朝は立つな。佐保山の柞のもみじを、遠くからでも見よう。
5. 月夜の紅葉の歌
題しらず【よみ人しらず】
佐保山の柞のもみぢ散りぬべみ夜さへ見よと照らす月影
古今和歌集 秋下より
訳:佐保山の柞の紅葉が散りそうなので、夜までも見よと思って照らす月影よ。
6. 秋の風を感じた時の歌
題しらず【よみ人しらず】
吹く風の色の千ぐさに見えつるは秋の木の葉の散ればなりけり
古今和歌集 秋下より
訳:吹く風が、色のいろいろを持ったものに見えたのは、秋の木の葉が散って吹き送られていたのであるよ。
7. 紅葉を錦に例える当時の風潮からの歌
是貞のみこの家の歌合の歌【ただみね】
神なびのみむろの山を秋行けば錦たちきるここちこそすれ
古今和歌集 秋下より
訳:神なびのみむろの山を、秋、紅葉の散る頃に行くと、身に散り置く紅葉で、錦の衣を裁って着ている心地がする事であるよ。
8. 紅葉が散っていく様子を幣に例えた歌
小野といふ所に住み侍りける時、紅葉を見てよめる【つらゆき】
秋の山紅葉をぬさと手向くれば住む我さへぞ旅ごこちする
古今和歌集 秋下より
訳:秋の山の神が、紅葉を幣のように散らして手向けるので、ここに住んでいる自分までが、それにつれて、旅にいるような気がすることであるよ。
9. 紅葉が流れる川から秋を感じ取った歌
立田川のほとりにてよめる【坂上是則】
もみぢ葉の流れざりせば立田がは水の秋をば誰か知らまし
古今和歌集 秋下より
訳:もし紅葉がこのように流れなかったならば、水にある秋を、だれが知ろうか。
10. 秋の終わりを感じさせる歌
北山に、僧正遍昭と茸狩にまかれりけるによめる【そせい法師】
もみぢ葉は袖にこき入れてもていでなむ秋は限りと見む人のため
古今和歌集 秋下より
訳:もみじ葉は、袖の中にこいて入れて、都へ持って出よう。都の、秋は既に限りだと思って、感をもって見るであろう人のために。
まとめ
このように、色鮮やかなもみじは秋の移ろいを表す景物として、多くの歌に詠み込まれてきました。錦のような美しさを湛えながらも、やがて散って川を流れ去っていく。そんなもみじの儚い一生を、歌人たちは秋の寂しさとともに詠い上げていったのです。
今も生きるもみじの姿を、昔の人々はこのように様々な思いを込め、時に他の景物と重ね合わせて愛でてきました。古今和歌集に詰まったその詩情を味わいながら、今年の秋の移ろいを感じ取ってみてはいかがでしょうか。