春と秋の代表的な景物「雁」
雁は秋に北国から飛んできて、春になるとまた北国へと帰っていく渡り鳥として、春と秋の景物となっています。今回は古今和歌集の四季歌としてまとめられた春上(春の始まりから中盤までの歌をまとめた巻)、秋上(秋の始まりから中盤までの歌をまとめた巻)から雁に関する和歌を紹介します。
1. 春に北へ帰っていく雁を見て詠んだ和歌
雁の声を聞きて、越へ罷りける人を思ひてよめる【凡河内躬恒】
春来れば雁帰るなり白雲の道行きぶりに言や伝てまし
古今和歌集 春上より
訳:春が来たので、雁は故里である北方の寒地へ帰って行くことだ。その空の道は越の国を通る事であろうから、途中のついでに友人に伝言を頼もうか。
2. 秋の夜に飛ぶ雁の和歌
題しらず【よみ人しらず】
白雲にはね打ちかはし飛ぶ雁のかずさへ見ゆる秋の夜の月
古今和歌集 秋上より
訳:空の白雲に、羽根をまじえて飛んでいる雁の、その高く小さい姿の数までも見える秋の夜の月であるよ。
3. 稲負せ鳥と雁を対比させた和歌
題しらず【よみ人しらず】
わが門にいなおほせ鳥の鳴くなべに今朝吹く風に雁は来にけり
古今和歌集 秋上より
訳:わが門前に、稲負せ鳥が鳴くに伴って、今朝吹き立った秋風の中を、初雁が来たことであるよ。
※「稲負せ鳥」については、秋にやって来る渡り鳥であるということ以外分かっていません
4. 紅葉より一足早くやってきた雁を見て詠んだ和歌
題しらず【よみ人しらず】
いと早も鳴きぬる雁か白露の色どる木木ももみぢあへなくに
古今和歌集 秋上より
訳:はなはだ早くも鳴いて来た雁であることよ。白露が色どる木々も、まだ紅葉し切れないことであるのに。
5. 帰ってきた雁の鳴き声を聞き、懐かしくも喜びを表した歌
題しらず【よみ人しらず】
春霞かすみていにし雁がねは今ぞ鳴くなる秋霧のうへに
古今和歌集 秋上より
訳:春霞に、霞んでまぎれて遠ざかって行った雁の、今こそ鳴いていることだ、秋霧の上で。
6. 雁を船に、空を海に見立てて風に乗って来る様子を詠んだ歌
寛平の御時、きさいの宮の歌合の歌【藤原菅根朝臣】
秋風に声をほにあげてくる舟は天のと渡る雁にぞありける
古今和歌集 秋上より
訳:秋風につれて、櫓の声を高くあげて来るところの舟は、空を渡って来る雁であることよ。
7. 秋の寂しさを歌った一首
雁の鳴きけるを聞きてよめる【みつね】
憂きことを思ひつらねて雁がねのなきこそ渡れ秋の夜な夜な
古今和歌集 秋上より
訳:憂い事を歎きつづけて雁が鳴いて空を渡っていることよ、秋の夜ごとを。
8. 朝露を見て、雁が鳴いている様子を「泣く」とかけた和歌
題しらず【よみ人しらず】
鳴き渡る雁の涙や落ちつらむもの思ふ宿の萩の上の露
古今和歌集 秋上より
訳:夜、空を鳴いて渡ってゆく雁の涙がこぼれ落ちたのであろうか。歎きをしているわが家の庭の萩の花の上に置いている朝露よ。
まとめ
古今和歌集に見られる雁に関する和歌は、平安時代の人々が自然とどのように関わり、それを通じて自らの感情や生活をどのように表現していたかを示しています。「雁信」の故事を由来として北国に帰っていく雁を遠方の知人の便りの使いに例えたり、鳥が「鳴く」様子を「泣く」とかけて、自らの辛い状況と重ね合わせたりなど、さまざまな表現で雁が登場する歌を読むと、平安の貴族たちの感性の豊かさを感じることができます。