秋に咲く花「菊」の持つ意味
清々しい香りとともに秋の訪れを告げる菊。この花は中国の文化とともに渡来し、日本でもやがて秋の代表的な存在として定着していきました。
しかし古今和歌集の誕生した平安時代、菊はまだ一般的なものではありませんでした。珍しい品種として仙人の家にあるものとされていたため、寿命を延ばす力のある花と考えられていました。当時はめでたいものとして贈り物に選ばれることも多かったようです。
今回は、このような特別な位置付けがあった菊に関する和歌を、古今和歌集の中から厳選してご紹介します。菊に寄せられた思いとは何だったのでしょうか。歌人たちの眼差しが菊にどのように注がれていたのかをご覧ください。
「菊」を詠んだ和歌8選
1. 菊に寿命を伸ばす力がある、という当時の考えからの歌
是貞のみこの家の歌合の歌【紀友則】
露ながら折りてかざさむ菊の花老いせぬ秋の久しかるべく
古今和歌集 秋下より
訳:露の置いたままに折り取って挿頭にさそう、この菊の花を。わが身の不老の年の久しくあられるように。
2. 宇田天皇時代の歌合で読まれた一首
寛平の御時、きさいの宮の歌合の歌【大江千里】
植ゑし時花待ち遠にありし菊移ろふ秋に逢はむとや見し
古今和歌集 秋下より
訳:植えた時には、その花に憧れて、待ち遠であった所の菊の、このように移ろう秋に逢おうと思って見たであろうか、見はしない。
3. 菊合にて模型を元に詠むというテーマのもと詠まれた歌
同じ御時せられける菊合に、洲浜を造りて、菊の花植ゑたりけるに、くはへたりける歌
吹上の浜のかたにきく植ゑたりけるをよめる【すがはらの朝臣】
秋風の吹上に立てる白菊は花かあらぬか浪の寄するか
古今和歌集 秋下より
訳:秋風の海より吹き上げる吹上の浜に立っている白菊は、風に吹き靡かせられてよくはわからないが、花なのか、花ではないのか、あるいはまた、風のために寄せる波なのか。
4. 菊の花から待っている人を連想する歌
菊の花のもとにて、人の人待てるかたをよめる【とものり】
花見つつ人待つ時は白妙の袖かとのみぞあやまたれける
古今和歌集 秋下より
訳:菊の花を見ながら、来るはずの人を待っている時には、白菊の花が、その人の着ている白い色の衣ではないかとばかり、ひたすら見誤られることであるよ。
5. 水に映る菊を見ての歌
大沢の池のかたに、菊植ゑたるをよめる【とものり】
ひと本と思ひし菊を大沢の池の底にもたれか植ゑけむ
古今和歌集 秋下より
訳:一本だと思った花であるものを、大沢の池の底にも花のあるのは、だれが植えたのであろうか。
6. 人の命の儚さを、菊の美しさと儚さに重ね合わせた和歌
世の中のはかなき事を思ひける折に、菊の花を見てよめる【つらゆき】
秋の菊にほふかぎりはかざしてむ花より先と知らぬわが身を
古今和歌集 秋下より
訳:秋の菊の艶めいている間じゅうは、挿頭にしよう。この花の散るよりさきに死ぬという事も、知られないわが身であるものを。
7. 上皇に対して菊と共に奉った歌
仁和寺に菊の花召しける時に、歌添へて奉れと仰せられければよみて奉りける【平のさだふん】
秋をおきて時こそありけれ菊の花移ろふからに色のまされば
古今和歌集 秋下より
訳:咲きの盛りの秋を余所にして、さらにこの上もない盛りの時のあることでございます。菊の花は、移ろうが故に、このように色が立ちまさりますれば。
8. 紅変して色が変わっていく菊を愛でる歌
人の家なりける菊を移し植ゑたりけるをよめる【つらゆき】
咲きそめし宿しかはれば菊の花色さへにこそ移ろひにけれ
古今和歌集 秋下より
訳:咲き初めた家が変ったので、菊の花は、それに伴なって、色までも衰えて、それとともに美しくなったことであるよ。
まとめ
このように、菊は古来より長寿の象徴とされ、人々から特別な花として捉えられてきました。中国の文化の影響を受けつつ、日本でも次第に秋の代表的な存在へと定着していった菊には、さまざまな思いが寄せられてきたのです。
また、菊は単なる秋の景物に留まらず、めでたいものとして人々に愛されてきました。
菊の花を見かけた際には菊の清々しい香りの中で古今集こ歌人達の詩情を思い返してみると、普段と違った角度から自然を楽しむことができるかもしれません。