期待や不安、心細さの入り混じる平安時代の旅
平安時代、旅は危険と不便が伴う大変な営みでした。古今和歌集に収められた旅の和歌には、そんな平安人の複雑な心情が色濃く反映されています。
高揚感、故郷への思慕、不安や寂しさ。歌人たちはこうした感情を、自然の景物に巧みに重ね合わせて詠みました。今回は、古今和歌集から旅にまつわる秀逸な和歌を5首ご紹介します。平安人の旅への思いに触れながら、私たちの心に響く普遍的な感情を読み解いていきましょう。
1. 旅に心が踊る様子をテンポ良い言葉で表された歌
題しらず【よみ人しらず】
みやこ出でて今日みかの原いづみがは川風さむし衣かせ山
古今和歌集 羇旅歌より
訳:都を旅びととして出て、今日見る甕の原、そこのこの泉川よ。川風が寒い、衣を貸せよ、それを名に持った鹿背山よ
2. 霧に消えていく船の旅人達の行く末を思いやる歌
題しらず【よみ人しらず】
ほのぼのと明石の浦の朝霧に島がくれ行く船をしぞ思ふ
古今和歌集 羇旅歌より
訳:ほのぼのと明るくなる明石の浦に立ちこめている朝霧の中を、淡路島に隠れてゆく船をあわれに思うことよ。
3. 旅先から都とそこにいる妻を想っての歌
むさしの国としもつふさの国との中にあるすみだ川のほとりにいたりて、京のいと恋しう覚えければ、しばし川のほとりにおり居て思ひやれば、かぎりなく遠くもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わたし守、はや舟にのれ、日くれぬといひければ、舟にのりて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なくしもあらず。さるをりに白き鳥の、はしと足とあかき、川のほとりにあそびけり。京には見えぬ鳥なりければ、みな人見知らず。わたし守に、これは何鳥ぞと問ひければ、これなむ都鳥といひけるをききてよめる【在原業平朝臣】
名にしおはばいざ言とはむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
古今和歌集 羇旅歌より
訳:その名の通りの実を負い持っているならば、さアものをたずねよう、都鳥よ。わが思っているその人は、世に在るのか、またはないのかと。
4. これから都へ向かう旅路での歌
あづまの方より京へまうでくとて道にてよめる【おと】
山隠す春の霞ぞうらめしきいづれ都のさかひなるらむ
古今和歌集 羇旅歌より
訳:山を隠すところの春の霞が、恨めしいことであるよ。どの辺が都のあたりであろうか。
5. 知人に送られた後の別れ路の心細さを、縒り合わせる前の片糸に見立てた歌
あづまへまかりける時、道にてよめる【つらゆき】
糸によるものならなくに別れ路の心細くも思ほゆるかな
古今和歌集 羇旅歌より
訳:糸に縒ることのできるものではないことであるのに、別れ路というものは心細くも思われることであるよ。
まとめ
古今和歌集の旅の和歌からは、平安時代の人々の繊細な感性が伝わってきます。寒い川風、朝霧に隠れゆく船、都鳥への問いかけ、霞に隠された都の境、別れ路の心細さ。これらの情景は、旅に伴う様々な感情を鮮やかに描き出しています。
時代は異なっても、旅人の心の機微は変わらないのでしょう。古の歌人たちが詠んだ和歌に触れることで、私たちも旅の本質や感情の普遍性について、改めて考えを巡らせることができるのではないでしょうか。次の旅では、あなたの心に響く風景に出会えるかもしれません。