送別の宴で送られた別れの歌
平安時代、中央政府から地方の国司へ地方官として赴任することが多くありました。その際、送別の宴が設けられ、和歌を詠み交わす風習がありました。出立する人に杯を捧げ、別れを惜しむ挨拶の歌が詠まれたのです。
歌人たちは、別れの悲しみや名残を惜しむ思いを、物や自然の様子に例えて表現しました。悲しみや涙さえも美しいものとして、言葉に紡ぎ上げ、送り出される人々の心を癒やしたのでした。
今回は古今和歌集に収められている「別れ」をテーマにした和歌の中から、選りすぐりの12首をご紹介します。
1. 朝に旅立つ人を想う歌
題しらず【題しらず】
すがる鳴く秋の萩原朝たちて旅ゆく人をいつとか待たむ
古今和歌集 離別歌より
訳:すがれの蜂の鳴いている花盛りの萩原を朝発足して、旅へ行くあなたを、いつ帰ると思って待ちましょうか。
2. 心は着いていくと送り出す人を励ます歌
あづまの方へ罷りける人に、よみて遣しける【いかごのあつゆき】
思へども身をし分けねば目に見えぬ心を君にたぐへてぞやる
古今和歌集 離別歌より
訳:思うけれども、身を二つには分けられないので、今は、目に見えないものであるわが心を、君に連れ伴なわせては遣ることであるよ。
3. 涙を白玉に例えた表現の美しい歌
題しらず【よみ人しらず】
飽かずして別るる袖の白玉は君が形見とつつみてぞ行く
古今和歌集 離別歌より
訳:名残が尽きずに別れる袖の上のこの白玉は、君が形見と思って、袖に包んで大事にして置くことよ。
4. 雲が隔っていることから連想して詠まれた歌
みちのくにへ罷りける人によみて遣しける【みちのくにへ罷りける人によみて遣しける】
白雲の八重にかさなるをちにても思はむ人に心隔つな
古今和歌集 離別歌より
訳:白雲が幾重にもかさなっている遠方にいても、君を思わん我に、心のへだてはつけるな。
5. 心がしみじみする所から色に繋げた理知的な歌
人を別れける時によみける
別れてふことは色にもあらなくに心にしみてわびしかるらむ
古今和歌集 離別歌より
訳:別れということは、色ではないことだのに、何故にそれのように心にしみて、つらいことであろう。
6. 付き添っていった心に注目して読まれた歌
今はこれより帰りねと、実がいひけるをりによみける【藤原かねもち】
慕はれて来にし心の身にしあれば帰るさまには道も知られず
古今和歌集 離別歌より
訳:後を追わずにはいられなくて、君の身に付いて来た心の、その脱殻の身なので、帰る道の方は、道の見当さえもつかない。
7. 雪の名所である白山の「雪」と「行き」をかけた、声に出して読みたくなる歌
大江のちふるが越へまかりける馬のはなむけによめる【大江のちふるが越へまかりける馬のはなむけによめる】
君が行く越の白山しらねどもゆきのまにまに跡はたづねむ
古今和歌集 離別歌より
訳:君の行く越の国は、そこにある白山を我は知らないけれども、その国にある雪のままに、君の行かれるままに、足跡をとめて、後をたずねて行こう。
8. 別れるか、留めるかの一切を桜の花に任せるという平安の歌人らしい歌
山に登りて、帰りまうで来て、人人別れけるついでによめる【幽仙法師】
別れをば山の桜にまかせてむとめむとめじは花のまにまに
古今和歌集 離別歌より
訳:別れという事は、この山の桜に一任して扱わせよう、われわれを留める留めないは、花の心次第にして。
9. 別れの涙を滝に見立てた歌
仁和のみかど、みこにおはしましける時に、布留の滝御覧じにおはしまして、還り給ひけるによめる【兼芸法師】
飽かずして別るる涙滝にそふ水まさるとや下は見るらむ
古今和歌集 離別歌より
訳:飽かずしてお別れ申す悲しさの涙が、滝の水に添って一つとなっている。滝の水が増ったのかといって、川下の者は見るであろうか。
10. 古くから愛でられてきた秋萩の登場する和歌
かんなりの壺に召したりける日、大御酒などたうべて、雨のいたう降りければ、夕さりまで侍りて、まかり出でける折に、盃をとりて【つらゆき】
秋萩の花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそ思へ
古今和歌集 離別歌より
訳:秋萩の花をば雨に濡らしていて、惜しいと思うけれども、それにもまして、君との別れを惜しいと思うことであるよ。
11. 別れから悲しみだけでない感情を見い出して読まれた歌
兼覧のおほきみに、はじめて物語して、別れける時によめる【みつね】
別るれどうれしくもあるか今宵より逢ひ見ぬ先に何を恋ひまし
古今和歌集 離別歌より
訳:別れはするけれども、うれしいことであるよ、今夜からは。もし今夜逢い見なかったならば、逢い見ない先には、何を種として恋いようか。
12. 縁を帯に見立てて前向きな気持ちを詠んだ歌
道に逢へりける人の車に、物をいひつきて、別れける所にてよめる【とものり】
下の帯の道はかたがた別るとも行きめぐりても逢はむとぞ思ふ
古今和歌集 離別歌より
訳:下の帯のように、自分たちの行く道は、今、あちこちと別れようとも、後には、めぐり行って、また逢おうと思うことであるよ。
まとめ
人と別れる辛さ、身近な人を送り出す名残惜しさは時代を超えても変わらない思いです。しかし、古の歌人たちが別れの情景を美しいものに例えて詠んだ和歌に触れることで、私たちもまた別れを前向きに捉え直すことができるかもしれません。
時代を超えて伝わる名歌を読むことは、別れの瞬間に込められた哀しみや美しさを改めて感じ取り、意味を新たに見出すことにも繋がるのではないでしょうか。